私がこの場所に来てから、どれほどの時間が流れたろうか。
暑い日も、寒い日も、私はここに居続けた。
全ては、いつか来るあの日のために。
私たちの存在は人間には知られていない。
人間の知識の範囲内で私たちのことを正確に伝えるとすれば、「天使」や「精霊」といったところ。
私たちは地上に降り立って「修行」とでもいうべきことをする。
その修行とは、地上で石像に姿を変え、千人の人間に頭を撫でられる、というもの。
なぜこれが「修行」となるのかは分からないけど、私たちはこうして「昇格」していく。
それが私たちの運命だった。
私が降り立った場所は、にぎやかな都会の駅の近く。
人通りも多く、その意味では幸いだった。
といっても、多くの人はただ通り過ぎていくだけ。
私を撫でる人は、滅多にいない。
それでも、時折私の頭を撫でる人がいてくれる。
そしてその度に、私は何か満たされる思いがした。
今日までに私の頭を撫でてくれた人の数は742人。
あと258人で私の「修行」は終わる。
でも、ここ一ヶ月くらい、撫でる人はいなかった。
それでも、私は今日も誰かに撫でられることを祈っていた。
次に私を撫でてくれる人は、どんな人なのか。
それだけが楽しみの日々だった。
その日は今までで一番寒い日だった。
目の前を通り過ぎる人々も、寒さで悴(かじか)んでいる人が多かった。
昼間になれば暖かくなると思っていたけど、その日はお昼頃になっても寒いままだった。
そして夕方。
私は久々に空から白い物が振ってくるのを見た。
時間が経つにつれ、雪の降る量は増え続けた。
いつもなら茶色いタイルで出来た綺麗な模様も、少しづつ白く覆われていった。
それにつれて、人通りも多くなっていった。
今の時間帯は人が増えるけど、今日はいつもより多い。
丁度、積もった雪が融けないように。
「只今、大雪で環状線に遅れが出ています」
「新都会線は一部運休となりました」・・・
どうやらこの大雪で鉄道が運休したみたいだった。
その結果、多くの人が足止めとなって、いつもより人が多いみたいだった。
多くの人が困っているのに、何も出来ない私が悔しかった。
私は石像の身。
私にはどうすることもできなかった。
私の頭のあたりが妙に寒い。
多分、私の頭の上にも雪が積もっているのだろう。
雪は既に私の足元のあたりまで積もっていた。
私の頭の上にも、同じ量の雪が積もっているのだろう。
寒い。
寒い。
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
その時だった。
頭のあたりに暖かい物を感じた。
誰かが私の頭の雪を払ってくれたみたいだった。
ある程度を払った後も、何回か私の頭を撫でてくれた。
その人はその後、すぐにどこかへ行った。
でも、私はあの人のことをずっと忘れないと思う。
その後、電車の復旧を待つ人たちが、私のほうへ来た。
そして、順番に私の頭を撫でた。
なぜ皆が私の頭を撫でようとしたのかは、私にはわからなかった。
ただ、皆から頭を撫でられ続ける、それだけだった。
いつの間にか、雪は止んでいた。
「新都会線は運行再開しました」
今日までに私の頭を撫でてくれた人の数は986人。
あと14人で私の「修行」は終わる。
あの雪の日の後、私の頭を撫でるといいことが起こるというジンクスが流れた。
それが事実かどうかは私には分からないが、頭を撫でられる回数が増えたのは事実だ。
昨日も10人に頭を撫でられた。
この調子なら、今日か明日には「修行」も終わるだろう。
1000人目に私の頭を撫でた人。
それは優しそうな顔をした男性だった。
彼も同じく噂を聞きつけて私の頭を撫でたのだろう。
その男性は、今までで一番長く、かつ暖かく私の頭を撫でた。
そして、爽やかな笑みを見せ、どこかへ去っていった。
・・・あの人、前にどこかで会ったような気がする。
ただ、それが誰かまでは、思い出せなかったけど。
気が付くと私の視界は全く別な物になっていた。
青い空に白い雲。
私は今、その雲の上に立っていた。
体も、石像から元の姿に戻っていた。
「修行」が終わり、元の世界に戻って来れたみたいだ。
「無事に修行を終えたみたいだな」
どこからか声が聞こえた。
声の主は、私より遙かに地位の高いお方。
人間の言葉で言うと、「神」に近い存在。
私にも「神」になれる可能性はあるけど、限りなく低い。
「神」になるためには、どれほどの「修行」が必要か、私には想像も付かない。
「はい、無事に地上での修行を終えました。」
「そうか、お前は一段階昇格だ」
「ところで、この修行はどういう意味があるのでしょうか?」
「それについてだが、その意味を今のお前に言っても通じないだろうな。
もうしばらく『修行』を続ければ、お前にも分かるようになる」
「そうですか・・・。
それで、次の『修行』のことですが・・・。」
「そのことだが、お前も長い修行で疲れただろう。
少しの間、休養を挟んだ後、再び『修行』に行ってもらおう。
短い休養の後、私は再び地上に「修行」に行くことになった。
今度は石像ではなく、人間の少女に近い姿だった。
「修行」の内容は、1000人の人間を励ますというもの。
またしても長い修行になりそう。
それでも、私は今日も人を励まし続ける。
もし、どこかであなたに会えるとしたら・・・。